2023.05.18

130カ国1000社をマネジメントするCHROが目指す、「サスティナブルな組織」とは?(豊田通商 経営幹部 CHRO・濱瀬牧子氏×トレノケートHD代表・杉島泰斗 対談 前編)

総合商社として、世界130カ国にグループ会社を1000社以上展開し、6万5000人以上の社員を抱える豊田通商。DXや人的資本の開示など、人事の重要性が高まるなか、CHRO(最高人事責任者)はどのように巨大組織をマネジメントしているのでしょうか。

豊田通商でCHROを務める濱瀬牧子氏に、CHROに期待されていることや、DX推進の取り組みについて伺いました。聞き手はトレノケートホールディングス代表取締役社長の杉島泰斗です。

取材先のプロフィール

濱瀬牧子(はませ まきこ)氏

豊⽥通商株式会社 経営幹部 CHRO(最高人事責任者)

MBA取得後ソニー株式会社にて、国際⼈事、Sony University設⽴・運営、NYにてタレントマネジメント構築、⽇本初インド採⽤等採用変⾰、 国内関連会社⼈事総務責任者、本社統括部長等、戦略⼈事から労務⼈事管理に⾄るまで⼈事全般を歴任。2013年株式会社LIXIL⼊社。執⾏役員、上席執⾏役員を経て、理事(グローバル⼈事本部⻑)及びGROHE Holding GmbH取締役、グローバルHQの 組織⼈事ガバナンス、COEを統括。2019年6⽉ 豊⽥通商株式会社入社、CHRO(最高人事責任者)に就任。経済産業省等省庁・各種団体委員、大学評議委員、講演等も務める。

インタビュアー

杉島 泰斗(すぎしま たいと)

トレノケートホールディングス 代表取締役社長

熊本県出身。東京工業大学を卒業後、SCSデロイトテクノロジー、不動産ポータルサイトLIFULL HOMES、株式会社クリスク 代表取締役を経て現職。

INDEX

目次

130カ国で展開する豊田通商が今「グローバル化」に取り組む理由

DXを推進させる「横串」と「縦串」の取り組み

ブレてはいけないもの、ブレてもいいもの

130カ国で展開する豊田通商が今「グローバル化」に取り組む理由

杉島

豊田通商は130カ国に子会社・関連会社が1000社以上あり、グループ全体で6万5000人以上の従業員を抱えてらっしゃると伺いました。なかなか想像もつかない規模なので、どのようなマネジメントをされているのか、非常に興味があります。

そもそも、濱瀬さんがCHROに就任される際、経営陣からはどのようなことを期待されていたのでしょうか?

濱瀬

一言で表現すると「グローバル化」です。弊社は投資というより事業利益によるビジネスを展開している商社なのですが、その内容は業種・ビジネスモデルそれぞれをとっても多様化し、またスタンドアローンでなく、それぞれが掛け合わされることでも膨大な数の事業が生まれています。

豊田通商はこの20年で時価総額は15倍、従業員数は7倍と右肩上がりで成長しました。その根幹を支えたのが、M&Aを含めた海外のルートの成長です。

これまで日本の総合商社の多くは、親会社である日本企業が中央集権型でビジネスを主導してきました。豊田通商も例外ではなく、日本ドリブンで人材戦略や事業展開を進めてきたところがあります。しかし、今、そしてこれからを考えると、日本中心の発想ではもはや足りないのです。

杉島

なるほど。単純に世界各国に拠点があるだけではなく、日本中心の発想を変えて、現地にマネジメントを託すことを見据えた「グローバル化」だと。

濱瀬

その通りです。特に、海外渡航が制限されたコロナ禍は、この「グローバル化」を強く意識する期間となりました。現地に行けないと、やはり日本主導でできることにも限界があります。それならば、全世界6万5000人が強い組織になれたらいいのではないか、という発想になりました。

杉島

CHROとして「グローバル化」に対して、最初はどこから手を付けられたのでしょうか。

濱瀬

「豊田通商にとってのグローバル化とは?」を定義するところから始めました。ご存じの通り、「グローバル化」にはさまざまな概念があります。まずは共通理解を得るために、役員たちのオフサイトミーティングで、1日半ぐらい缶詰になって議論する機会をつくりました。

 

そこでわかったのは、どの事業の本部にも

  • 日本ドリブンで進めたほうが最適解を得られるもの
  • 現地の人間が適材適所でマネジメントするのがベストなもの
  • 国籍や場所の垣根を越えたメンバーが集まって新たなビジネスを興していくもの

という3つの事業タイプが混在していることです。

 

この現状を踏まえると、「この本部はこの方針で」と決めず、ひとつの本部内で3つをミックスして考えなければならないだろうと考えました。

杉島

先ほどビジネスが多様化しているというお話がありましたから、いつか本部をまたぐようなビジネスも生まれてくるでしょうね。となれば、やはり役割を固定化するのはリスクでしょう。

濱瀬

そうですね。事前に社長とも会話する中でうちは「連邦経営」(※)でいこうという話や、先述のオフサイト議論においてもそこに帰結しました。連邦経営として最適解を追求できるよう、人も組織も合わせていきしょう、と。

人事とビジネスは乖離したものではなく、採用も育成も人員配置もすべて、連邦経営のここの部分を満たすためにある、事業戦略と人事戦略を一体化したストーリーをしっかり組み立てることにしたのです。

こうして共通理解を固めたうえで、足りないものは何かとか、こちらの優先度を上げようとか、各施策の各論まで持っていって……。ようやくスタートラインですね。

 

(※)連邦経営……各地域・事業によって異なる特性や成熟度に合わせ、日本の事例を他国に展開する、現地でビジネスを新たに創出する、または世界中で適材適所で進めるといった手法を組み合わせて経営を行う考え方。

DXを推進させる「横串」と「縦串」の取り組み

杉島

社内では、すでに600件を超えるDX系のプロジェクトが走っていると伺いました。DX人材の育成やプロジェクトの推進などは、どのように行われているのでしょうか。

濱瀬

「横串」と「縦串」の2軸で取り組んでいます。人事として広く人材育成する部分が「横串」、各本部が事業としてDX化を深めていく部分が「縦串」です。

 

「横串」では、社内にDX推進チームを作り、人事と共にIT人材育成や最適な人員配置について進めています。IT人材育成については大きく3つの部分に分かれています。

DXとは何か?など、全員この程度は理解してほしいという「足腰」の部分。業務変革や働き方改革など、実際にDXを担う層をスキルアップさせていく「実務」の部分。そして、実務層をきちんと評価できるよう、その上の層のITリテラシーを向上する「トップライン」の部分。

それぞれについて、研修や実際のプロジェクトなど、必要なものを打ち出していきました。

杉島

「横串」で得たスキルやリテラシーを、実際に「縦串」でビジネスに活かすわけですか。

濱瀬

はい。「縦串」では、それぞれの本部でKPIやゴールを決めて、事業の中でDX化を進めています。本部下には世界中に組織がぶらさがっていますので、本部という「縦串」で海外に展開していこうと、現在進行形で進めているところです。

杉島

DX推進については、小手先のデジタル化ではなく、「あるべき姿」を打ち出して根本的な課題解決に取り組むことが大切だと言われています。一方で、時間をかけすぎるとIT技術や事業のスピード感についていけなくなる懸念もある。膨大な数の事業を抱える御社では、この辺りの課題についてどう考えられていますか?

濱瀬

確かに、以前は最初にきれいな絵を描いてから、足りないピースをひとつひとつ埋めていくようなやり方でも良かったかもしれません。でも今は、もう少しアジャイル的に走りながら考えています。

もちろん、旗印として「あるべき姿」は必要です。そこから「どういう人材を目指すのか」「そもそも何を達成するのか」と、やるべきことをブレイクダウンする。しかし一方で、「これはこっちだったな」と臨機応変に軌道修正をしていく姿勢も大切でしょう。

WhatとWhyには一貫した「あるべき姿」があり、そのためのHowについてはアジャイル的に試しながら進めていくイメージです。正解があるのかもわからない複雑化した社会では、こうした使い分けが必要なのではないかと思っています。

ブレてはいけないもの、ブレてもいいもの

杉島

アジャイルは重要なキーワードですよね。とはいえ、規模が大きい会社だからこそ、最初にある程度の方向性を決めたほうがスムーズにいく、という考え方もあります。走りながら考えていくケースも、割とあるのでしょうか。

濱瀬

そうですね。例えば、ISO30414(人的資本に関する情報開示の国際的なガイドライン)をアジアで2社目に取得したときも、最初から取得できる目算があったわけではなく、自分たちの立ち位置を確認したいという側面のほうが大きかったんですね。足りないところ、進んでいるところを把握するために、まずISOを取ってしまおうと。

ですから、WhyやWhatの部分は「グローバル化」や「DX」といったキーワードも入りますし、「最高で最強の組織を作るには?」「サスティナブルな組織でいるには?」といった問いも入ります。

それらが大前提にあって、「それはどういうこと?」とブレイクダウンされたものが、アジャイル的なHowに落ちていくわけです。ブレてはいけないものと、ブレてもいいものを住み分ける、と言い換えてもいいと思います。

杉島

なるほど。「サスティナブル」という言葉がありましたが、ちょうど今、コーポレートガバナンスやESGを勉強していまして。知識が深まるごとに「これは企業が存続するために本当に必要なものだ」と実感しているところなんです。

濱瀬

確かに、私もそうだと思いますね。

杉島

実際に棚卸しをしてみると、まさに先ほどおっしゃっていた、自分たちの立ち位置や足りていない部分が見えてきて。ここを埋めていくことが企業の存続につながるのだ、と考えるようになりました。

濱瀬

企業をどのように発展成長させるかという価値観自体が、パーパス経営という言葉に表されるように、様々な世界環境が変わるVUCAの中で、真の意味で語られるようになりましたよね。

特に日本企業は、ビジョンやバリューを掲げていても、それが仕組みにビルトインされてこないことが多かった。雇用の流動性が低いこともあり、ビルトインしなくても会社が回っていたわけです。その前提が崩れたからこそ、パーパス経営のように、共鳴できる価値観を掲げることが重視されてきているのではないでしょうか。

ただ私は、サスティナブルな組織に必要な要素は、それだけではないと思うんです。一人ひとりが会社にいる時間を楽しんでいるとか、仕事を面白がっているとか、人の役に立てているように感じているとか……。

そうした、みんなの総合力で頑張っている組織こそが、結局はサスティナブルなのではないでしょうか。

■後編に続く

(取材・執筆:井上マサキ 撮影:小野奈那子 編集:鬼頭佳代/ノオト)