2022.12.27

VRやメタバースを活用した「未来の人材育成」の可能性とは?(クラスター執行役員CTO・田中宏樹氏×トレノケートHD代表・杉島泰斗 対談)

3次元の仮想空間でさまざまなコミュニケーションを実現する「メタバース」。オンラインでのつながりが加速するなか、今後さらに生活に浸透するのではと考えられています。メタバースには、どのような可能性が秘められているのでしょうか。そして、メタバースによって、トレノケートが携わる人材育成領域はどのように変わるのでしょうか。

今回は、メタバースプラットフォーム「cluster」を運営する、クラスター株式会社の執行役員CTO・田中宏樹氏に、同社の歩みとメタバースの可能性について伺いました。聞き手はトレノケートホールディングス代表取締役社長の杉島泰斗です。

取材先のプロフィール

田中 宏樹(たなか ひろき)氏

クラスター株式会社 執行役員CTO

京都大学理学部休学中、現クラスターCEO・加藤直人氏と共にWebサービスやスマホゲームアプリの開発を経験。2015年に加藤氏とともにVR技術を駆使したスタートアップ「クラスター」を起業。2017年、大規模バーチャルイベントを開催できるVRプラットフォーム「cluster」を公開。サービスの大規模同期通信システムを独自に開発した。現在はCTOとしてクラスター社のソフトウェア開発全般を管掌している。

インタビュアー

杉島 泰斗(すぎしま たいと)

トレノケートホールディングス 代表取締役社長

熊本県出身。東京工業大学を卒業後、SCSデロイトテクノロジー、不動産ポータルサイトLIFULL HOMES、株式会社クリスク 代表取締役を経て現職。

INDEX

目次

京都の下宿先で、VRの可能性を強く感じた

自分が作った「バーチャル空間」の中でコミュニケーションを楽しむ

VRやメタバースを活用した、人材教育の可能性とは?

京都の下宿先で、VRの可能性を強く感じた

杉島

田中さんは学生時代から、現・クラスターCEOの加藤直人さんと共にソフトウェア開発をされていたと伺いました。もともと、大学でも情報系を勉強されていたのでしょうか?

田中

いえ、理学部の物理学科で、光物性を専攻していました。加藤も同じ理学部で宇宙論と量子物性論を専攻していましたから、2人ともソフトウェア開発とはあまり関連のない学科にいたんです。

大学院に進学後、2人とも休学することになり、大学に籍を置いたまま独学でソフトウェア開発を始めました。当時はスマホアプリの個人開発者コミュニティが盛り上がっていて、個人がリリースしたアプリがヒットを飛ばすこともよくあったんですね。まだUnityが本格的に普及する前で、「Cocos2d-x」という2Dゲームフレームワークを使ってゲームを開発したり、Webサービスを作ったりしていました。

杉島

そのころから、マネタイズもされていたのでしょうか?

田中

ゲームアプリに入れた広告で多少は売上がありましたが、マネタイズに向けて緻密に戦略を立てていたわけではなく、なんとなく思いついたものを作って公開して……という感じでしたね。加藤のほうは個人で受託開発をしたり、ゲーム会社でアルバイトをしたりしていたようですが。

杉島

そうなんですね。その後、クラスター株式会社を起業されますが、どのようなきっかけからVRに着目されたのでしょうか?

田中

2014年にFacebookがOculusを買収したというニュースを聞いて、加藤がOculus Riftの開発者キットを取り寄せたんです。京都の下宿先で、2人でVRゴーグルをかぶったとき、この技術の可能性を強く感じました。加藤には「これで家から音楽ライブに参加したい」という強いモチベーションもあり、VRのサービスを作り始めることになります。

 

ただ、会社を2015年7月に創業してから、しばらくはVRではないサービスを作っていたんです(笑)。スマホでアバターを動かしてコミュニケーションできるアプリとか、個人のライブ配信アプリとか。「複数の人が同じバーチャル空間に入って何かをする」という部分はブレませんでしたが、さまざまなコンセプトを試していました。

杉島

現在公開されているメタバースプラットフォーム「cluster」は、2022年7月に100万ダウンロードを突破されたそうです。それだけのユーザーを支えるプラットフォームを、どのくらいの期間で開発されたのでしょうか。

田中

これをつくるぞ、と決めてから公開するまでだいたい1カ月くらいですね。

杉島

1カ月ですか……!

田中

もちろんゼロから作ったわけではなく、それまでのチャレンジが「cluster」開発の土台になったんです。2015年の年末に、社内では「“バーチャルイベントアプリ”みたいなものを作ろう」という話になり、年明けから一気に作りはじめ、2016年2月に試作版を公開しました。

 

その後、機能やデザインをブラッシュアップした正式版を2017年5月にリリースし、ユーザー数の増加と共にアップデートを重ねて、今に至ります。

自分が作った「バーチャル空間」の中でコミュニケーションを楽しむ

杉島

「メタバース」という言葉が一般的に広まる前から、VRに可能性を感じていたわけですよね。コロナ禍以降は、さらにメタバースへの流れが加速したのではないですか?

田中

そうですね。「コロナ禍でリアルのイベントができないので、代わりにバーチャルでイベントができないか」という問合せはかなり増えました。2020年5月にcluster内でオープンした「バーチャル渋谷」も話題になり、その年のバーチャルハロウィンでは約40万人、翌2021年には約55万人、2022年には30万人が世界中から参加してくれました。

杉島

すごい人数ですね! イベント以外では、どのような使い方をされている人が多いのでしょうか?

田中

一番多いのは、ユーザー同士のコミュニケーションですね。cluster内で、ユーザーが自分のバーチャル空間(ワールド)を作り、コミュニティを形成しているんです。

例えば、バーを作って「バーテンダー」と「お客」として会話を楽しんだり、ゲームセンターを作ってみんなとメダルゲームで遊んだり。ラジオ体操の会場を作って、決まった時間に数十人が集まって運動をする、なんていうイベントもあります。

杉島

どんな仕組みで、ユーザーが自由にワールドを作っているんですか?

田中

Unityのプラグインとして「Cluster Creator Kit」という開発キットを配布して、これを使えばcluster内に自作のワールドを構築できます。ただ、Unityで開発をするのはハードルが高いという声もあり、2022年はじめには、スマホでも簡単にワールドを作れる「ワールドクラフト」という機能をリリースしました。現在はオリジナルワールドが4万4000個以上生まれています。(※2022年7月時点)

杉島

新規ユーザーの敷居を下げる工夫をされているわけですね。一方で、ヘビーユーザーのモチベーションを保つ工夫はあるでしょうか。例えば、作ったアイテムを売買できるような。

田中

これまでに、イベントチケットや投げ銭、自作アバターの出品など、ユーザーに還元する仕組みを作ってきました。アイテム売買のようなマネタイズの仕組みも、これから徐々に実装していく予定です。

 

直近では、2022年9月には建物や家具などの“アイテム”を売買できる「ワールドクラフトストア」をオープンしました。クリエイターがUnityでアイテムを作り、それを出品できる仕組みになっています。

杉島

なるほど。お話を聞いていて思ったのですが、VRなどの3Dプログラミングでは、やはりUnityはメジャーな存在なのでしょうか。

現在、トレノケートのITトレーニングはSIer向けに注力しているため、Unityのメニューはまだ用意してないんです。今後、SIerの方々が「VRやメタバース関連のサービスも始めたい」と思ったとき、Unityのニーズが高まるならば、我々としても取り組む価値があるのではないかと思いまして。

田中

確かに、Unityのエンジニアはここ数年で急速に増えていますね。特にスマホゲーム向けの開発エンジンとしては、Unityのシェアは圧倒的だと思います。VRやメタバースでも、クライアントサイドを開発するのであれば、Unityをマスターするのが最も近道になるのではないでしょうか。

杉島

クライアントサイドの話ですと、グラフィックもどう作られているのか気になります。

田中

グラフィックも基本的にはUnityで実装していますね。MayaやBlenderといった3D制作ソフトで3Dモデルを作り、それをUnityに取り込んで、clusterのシステム上で動かすイメージです。

杉島

そうなんですね。では、サーバサイドではどのような言語が使われているのでしょうか。

田中

clusterのサーバサイドにはGo言語を採用していますが、他の企業ではまた違う選択をされていますね。サーバサイドについては、「どんな言語を使うか」より「何をどう実装するか」が占めるウェイトが大きいんです。規模やシステム構成、エンジニアのスキルにもよりますので、「メタバースをやるなら○○言語がいい」とは一概には言えないかなと思います。

VRやメタバースを活用した、人材教育の可能性とは?

杉島

トレノケートでは、将来的にVRやメタバースを研修で活用することによって、新たな価値を提供できるのではないかと考えています。現在もトライアルとして、VRを使ったビジネスマナー研修や、アバターを使ったビジネススキルのトレーニングを実施していたりします。特に、後者は、最近引き合いを多くいただいていますね。

田中

面白そうですね。アバターを使ったトレーニングというのはどういう形のトレーニングなのでしょうか?

杉島

1on1などコミュニケーション関連のトレーニングで、先生役がアバターになります。先生役は人種や性別、服装、声などを自由に変えられるので、さまざまなシチュエーションでトレーニングができますし、「リアルな人と話すと緊張する」という方にも好評なんです。

 

そこで伺いたいんですが、教育や人材育成といったカテゴリーで、VRやメタバースを使った事例は何かありますでしょうか?

田中

clusterの事例ですと、大学教育機関と連携してVR空間内で授業をしたり、バーチャルで卒業式や入学式が行えるパッケージを提供していたりしていますね。

田中

一般的な事例では、シミュレーション系が多いかもしれません。例えば、高所作業のような危険なシチュエーションをVRで体験したり、医療現場で歯の治療のシミュレーションをしたり。「現実でやるとコストがかかるうえに、失敗すると取り返しがつかない」といったものは、VRで仮想体験をするのに向いていると思いますね。

あとは、スポーツ選手のトレーニングに取り入れた事例も聞いたことがあります。野球で、相手ピッチャーが投げる豪速球を体験する、みたいなものとか。

杉島

VRを通して160キロの球の感覚をつかむ、というわけですか。

田中

僕は野球が好きなので、事例も野球に偏ってしまうんですが(笑)。最近は野球もシミュレーションによる分析が進んでいるんですよ。ピッチャーが投げた球に対して、「この速さでこういう回転軸で回っているから、ボールはこういう軌道を描くはず」みたいなのが分かる時代なんですね。これをVRに持ってきて追体験するわけです。

杉島

それは面白いですね! VRやメタバースが発展することで、教育分野も色々と変わっていきそうな予感を持っています。

田中

そうですね。コロナ禍でオンライン授業が当たり前になりましたが、リアルに教室で受ける授業とは、やはり感覚が違うと思うんです。自分も、よくオンライン会議をしますが、相手から受け取れる情報量が少なくて、やりにくさを感じることも多いんですね。

対してVRやメタバースの場合、講師も受講生もちゃんとそこに「存在」しています。受講生が講師を注視していたり、傾聴する態度を見せていたり、そうした様子を把握できるだけで、だいぶ印象が違うはずです。インタラクティブなやりとりも、もっと生まれるでしょう。そういう意味で、教育機関にバーチャル空間での授業がもっと浸透したらいいなと思います。

杉島

特に今の若い世代は、学校でもプライベートでも、バーチャル空間で過ごすことに抵抗がないかもしれませんね。

私の息子は中学3年生で、よくゲームの中で友達とボイスチャットをしているんです。先日、友達が香港に引っ越してしまったんですが、もう次の日にはゲーム内でボイスチャットをしていて驚きました。

我々の時代は「友達が転校したら二度と会えない」という感じでしたけど、今はリアルな場所なんて関係ない時代なんだな、と。「バーチャル空間のほうが住みやすいし、勉強がしやすい」という世界になっていくのかもしれません。

田中

場所の制約から解き放たれるのは、やはり大きいですよね。国や地域によってはアクセスしづらい情報にも、バーチャル空間を通じてアクセスしやすくなれば、教育の面でも大きなメリットになりますから。

杉島

お話を伺って、さまざまな障壁を乗り越えた試みがVRやメタバースで実現できそうだと思いました。今後のclusterの発展に、とてもワクワクしています。今日はありがとうございました!

(取材・執筆:井上マサキ 撮影:栃久保誠 編集:鬼頭佳代/ノオト)