2022.11.09
リモートワーク環境でも「幸せな組織」を作れる。コミュニケーション量よりも大切なこととは?(ハピネスプラネット代表 兼 日立製作所フェロー・矢野和男氏 ×トレノケートHD代表・杉島泰斗 対談 後編)
働く社員の心と体の充実感や幸福度を表す「ウェルビーイング」に注目が集まっています。しかし、コロナ禍でリモートワークが進み、社員と顔を合わせる機会が減っている企業も多いでしょう。
顔が見えない相手とどうコミュニケーションを図り、ウェルビーイングに取り組めばよいのでしょうか? 前編に引き続きハピネスプラネットCEOで日立製作所フェローの矢野和男さんに、ポジティブな組織に共通する特徴や、リモートワーク時代のコミュニケーションについて伺いました。聞き手はトレノケートホールディングス代表取締役社長の杉島泰斗です。
※本記事は、取材時(2022年)の情報を基に執筆しています。
取材先のプロフィール
矢野 和男(やの かずお)氏
株式会社日立製作所フェロー。株式会社ハピネスプラネット代表取締役CEO。1984年日立製作所入社。1991〜92年まで、アリゾナ州立大学にてナノデバイスに関する共同研究に従事。1993年、単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功し、ナノデバイスの室温動作に道を拓く。2004年から先行してウェアラブル技術とビッグデータ解析を研究。論文被引用件数は4500件、特許出願350件超。「ハーバードビジネスレビュー」誌に、開発したウエアラブルセンサが「歴史に残るウェアラブルデバイス」として紹介される。著書に『データの見えざる手:ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』『予測不能の時代: データが明かす新たな生き方、企業、そして幸せ』(ともに草思社)など。
インタビュアー
杉島 泰斗(すぎしま たいと)
トレノケートホールディングス 代表取締役社長
熊本県出身。東京工業大学を卒業後、SCSデロイトテクノロジー、不動産ポータルサイトLIFULL HOMES、株式会社クリスク代表取締役を経て現職。
INDEX
目次
ポジティブで幸せな組織に共通する4つの特徴「FINE」とは
リモートワークによって試される「相手の感情を推定するスキル」
「応援団」が組織内のコミュニケーションをフラットにする
杉島
前編では、チームや階層をまたいだ「三角形のつながり」というコミュニケーションの構造が、社員の「幸せ」に大きく寄与するとうかがいました。それ以外にも、ポジティブで幸せを感じやすい組織には、共通点があるのでしょうか?
矢野
実は「三角形のつながり」ができない場合に多いのですが、「自分だけが幸せで、周りのメンバーは幸せを感じていない」というパターンが多いんです。意外に思われるかもしれませんが、コミュニケーションの量(頻度・時間・人数)と、組織の幸せには、まったく相関がありません。つまり、コミュニケーションが多い組織=良い組織であるとは限らないんですね。
では、どんなコミュニケーションならば、自分も周りも幸せを感じられるのか。ポジティブで幸せな組織には、以下の4つの特徴が共通していることが我々の研究によって明らかになっています。頭文字を取ると「FINE」です。
第1の特徴 フラット(Flat):人と人とのつながりが特定の人に偏らず、均等であること
第2の特徴 インプロバイズド(Improvised):5〜10分の短い会話が高頻度で行われていること
第3の特徴 ノンバーバル(Non-verbal):会話中の身体運動
第4の特徴 イコール(Equal):発言権が平等であること
第1の特徴「フラット(Flat)」は、人と人とのつながりが特定の人に偏らず、均等であることを表します。特定の人につながりが集中してしまうと、情報に格差が生じるだけでなく、孤立する人も生まれます。わかりやすい例が、会社の組織図です。上司は部下たち全員とつながっていますが、部下は上司としかつながっていません。上司がつながりを独占する形になっているんです。
杉島
確かに。だからこそ、横(同僚)や斜め(他部署)とつながる「三角形のつながり」が大切なんですね。
矢野
第2の特徴「インプロバイズド(Improvised)」は、直訳すると「即興」で、5〜10分の短い会話が高頻度で行われていることを表します。なにか確かめたいことがあったら、すぐに、率直に聞ける関係ですね。ここで上司が「そんなことも分からないのか」と返すようであれば、会話はなくなってしまうでしょう。
第3の特徴「ノンバーバル(Non-verbal)」は、会話中の身体運動です。幸せな組織は、話を聞きながらうなずいたり、相手と同じ姿勢を取ったりなど、会話中に身体が互いによく動きます。コミュニケーションの約9割は非言語(ノンバーバル)によるものと言われていますから、無意識の体の動きも「幸せ」に大きく影響しています。
そして第4の特徴が「イコール(Equal)」、発言権が平等であることです。会議で上司だけがしゃべるのではなく、新人にも発言の機会を持たせるなど、役職や権限にとらわれず発言できる場があることが大切です。
杉島
以前、チームミーティングの冒頭で「先週、嬉しかったこと」を1人ずつ言ってもらっていたことがあります。全員が発言する機会を作りたかったのと、前向きな話からミーティングを始めたいという気持ちからやっていたんですが、効果的だったんですね。
矢野
大変良い取り組みだと思いますよ。「FINE」の4つの特徴を持っている組織は、上下関係や役割は尊重しつつ、フラットで風通しの良いコミュニケーションができる。結果として、組織の幸せや生産性を向上させます。
経験豊富な経営者やマネージャーにとって、「FINE」はすでに感覚的に当たり前のことかもしれません。ですが、経験則だけに頼らず、大量のデータの解析からこの特徴が導かれたことに、大きな意味があると思っています。
リモートワークによって試される「相手の感情を推定するスキル」
杉島
コロナ禍以降、リモートワーク環境でのコミュニケーションに悩んでいる企業も少なくないのではと思います。相手の様子があまり見えない状態で「FINE」を実現するには、どうすればよいでしょうか?
矢野
まずは、ツールを使い分けることでしょうね。チャットやメール、電話、オンライン会議、それぞれに利点がありコストがあります。チャットで「誤解されているな」と思ったら電話に切り替えるとか。
どのコミュニケーションツールが適しているかを柔軟に選択できること、そして、ツールの切り替えの重要性を全員が認識するのが大事です。
杉島
テキストコミュニケーションだけですべてを伝えるのは難しいですよね。書き方によっては冷たく見えますし、言葉尻から「この人こんな風に思っているのかな?」と変に勘繰られることもありますから。
矢野
非常に面白い実験をご紹介しましょう。「個人の知的能力(IQ)と集団の知的能力は違うのではないか」という仮説を元に、集団的知能(コレクティブ・インテリジェンス)を調べている研究者が、被験者チームに、互いに協力し合わないと解けない問題を与え、どのような特徴のチームが好成績を残すかを分析したのです。
その結果、集団的知能が高いグループには2つの特徴がありました。まず、チーム内で発言権が平等であること。これは「FINE」の第4の特徴「イコール」ですね。
そして、他者の感情を汲み取る能力が高い人が集まっていること。事前に、顔写真の目の部分だけを見せて感情を推定するテストを行ったところ、このテストで高得点を取った人が多いチームが好成績を残したそうなんです。
杉島
それは面白いですね!
矢野
さらに、第2実験として、チャットだけで同様の実験をやっているんです。今のリモートワークと同じ状態ですね。結論から言うと、顔写真から相手の感情を読み取るのが得意な人たちのチームでは、顔の見えないチャットのみの環境でも高いパフォーマンスを発揮したのです。
この結果から特に注目したいのは、個々のメンバーのIQは集団的知能に関係ないことです。優秀なメンバーを揃えたからといって、チームの能力が高まるわけではない。むしろ、相手の感情を理解し、それに的確に反応できる人を育てたほうが、仕事がうまく回ると言えるでしょう。
杉島
確かに「相手の誤解にいち早く気づいて修正する」といったスキルは、なにもリモートワークに限ったものではないですね。
リモートワークを単なる「コミュニケーションが不自由な環境」と思うのではなく、「相手の感情を推定するスキルが試される場所」と捉えたほうがいいのかもしれません。
矢野
リモートワークについて「コミュニケーションが取りづらい」「雑談が生まれない」と嘆く声もありますが、私は違うと思っているんです。コロナ禍によって生まれた変化を、前向きに捉えているか否かでしかないんですね。だって、北海道と九州にいる人が雑談できるようになったわけですから。
杉島
制約が増えたのではなく、できることが増えたのだと。
矢野
そうです。変化を脅威と見るのか、チャンスと見るのかは、予測不能な時代において大事なポイントです。私は前者を「不安モード」、後者を「勇気モード」と呼んでいます。不安モードの人は、根拠や準備が整っていないと行動ができません。反対に勇気モードの人は、行動することで道ができていきます。
不安モードだけに留まらず、時には勇気モードを選択する。そのスイッチが入る瞬間が、私はとても好きなんです。変化というプレッシャーを勇気で受け止める、これこそが人生にとって最も重要な選択だと思っています。
「応援団」が組織内のコミュニケーションをフラットにする
杉島
矢野さんが代表を務めるハピネスプラネットは、デジタルの力でウェルビーイングの向上を図っています。その仕組みについて詳しく聞かせていただけますか?
矢野
2022年5月に組織支援サービス「Happiness Planet Gym」をリリースしました。スマホアプリを通じて、意図的に「三角形のつながり」を作り出す仕組みを提供しています。
ここで私が着目したのは、応援の力です。スポーツもビジネスも、競争があり、勝者が讃えられ、日々の努力を大切にする。でも、ビジネスには「応援」がありません。応援は、する側にもされる側にも、前向きなエネルギーを高める効果がある。それなのに、どんなに一生懸命に仕事をしても、ダメだしされることはあっても、応援されることはほぼないじゃないですか。
杉島
確かに。応援されてもいいくらい、みんな頑張っているんですけどね(笑)。
矢野
そこで私たちが考えたのが、「応援団自動生成機能」です。「Happiness Planet Gym」では、毎週3~4人の「応援団」を社内から自動でアサインするんです。
各メンバーには、1日の始まりにアプリ内の“ハピアドバイザー”から提案が届きます。当社が体系化した16個の幸せになる力に基づいたものです。例えば、「今の一歩に集中しよう」「いろいろ考えすぎないで」といった感じですね。
この提案に対し、メンバーに「今日の仕事への思い」を20~30字で書いてもらいます。それを読んだ「応援団」のメンバーは、応援メッセージを返してあげる。これを各メンバーで互いに送り合うわけです。
杉島
なるほど。応援メッセージのやりとりを通じて「三角形のつながり」ができるわけですね。
矢野
次の週になれば、また別の「応援団」が自動で作られます。特に、データからV字の関係をシステムが自動で見出し、そこに自動で三角形の応援団をアサインすることで、組織の中に次々と「三角形のつながり」ができ、コミュニケーションの孤立や独占を排した、フラットな関係が生まれるという仕組みです。
約250名の組織を2グループに分け、「応援団自動生成機能」の効果を検証しました。その結果、「応援団自動生成機能」を使ったグループでは、周囲の人同士のつながりが希薄だったと感じていた従業員の33%に、新たに「三角形のつながり」が生じたことが分かりました。
杉島
素晴らしいですね。この取り組みなら、普段は全く接点がない他部署のメンバーや、世代が異なる人とも自然にコミュニケーションが生まれそうです。
特にマネジメント層は、世代間のコミュニケーションを気にしていますよね。「若手とどうコミュニケーションを取ったらいいだろうか」と悩んでいたり。
矢野
そうですね。でも、今は若い世代のほうが、上の世代が思っているよりもはるかにコミュニケーションが得意ですよ。
杉島
わかります。弊社も若い年次の社員達だけのコミュニケーションができるイベントや飲み会を行っているのですが、非常に好評だと聞いています。参加する社員も多くて。また、会社全体のイベントでも多くの若手社員が私に話しかけてきてくれます。
上の世代は「若い人は飲み会が嫌い」「リアルで話すよりネット越しを好む」と思いがちですが、実はそんなことはない。若い世代ほど、コミュニケーションをすごく大事にしている面もあるんですよね。
矢野
対面コミュニケーションも得意だし、デジタル上で人間関係を作ることにも慣れていますよね。ツールも非常にアクティブに使いこなしていますし。私も、学生に教えられることのほうが多いです。若い人からどんどん学ばないといけません(笑)。
杉島
本当にそうですね(笑)。その点では、未来は明るいのかなと思います。今日はありがとうございました!
(取材・執筆:井上マサキ 撮影:小野奈那子 編集:鬼頭佳代/ノオト)