2021.06.25

「変化が激しい時代だからこそ、教育に価値がある」鶴保征城氏に聞く、IT人材の育成

新たなテクノロジーが世界を席巻するなかで、データ通信の黎明期から日本のITを見つめてきた鶴保征城氏は「日本の課題は40年前から変わっていない」と語ります。

その解決には、技術開発の概念を浸透させ、より開発力に磨きをかけることが欠かせません。となれば、今にも増して専門性の高い人材を育成する「IT教育」が重要なものとなるはずです。

IT人材の育成を取り巻く環境は、そして成長するために意識すべき事とは。鶴保征城氏に、トレノケート取締役の杉島泰斗が話を伺いました。

前編中編を読む

 

※本記事は、取材時(2021年)の情報を基に執筆しています。

取材先のプロフィール

鶴保 征城(つるほ せいしろ)氏

大阪大学大学院工学研究科電子工学専攻修士課程修了後、日本電信電話公社(現NTT)に入社。ネットワーク、IT、特に大規模ソフトウェアシステム構築及びソフトウェア生産技術の開発に従事し、NTT研究所長、NTTデータ常務取締役、NTTソフトウェア社長等を歴任。その後、高知工科大学教授に転じるとともにIPAのSEC所長に就任し、ソフトウェアエンジニアリングに関する大規模な産官学連携プロジェクトを指揮する。

 

現在、高知工科大学客員教授、学校法人HAL東京校長、組込みイノベーション協議会理事長、先端IT活用推進コンソーシアム会長、を務める。論文、著書多数。

インタビュアー

杉島 泰斗(すぎしま たいと)

トレノケートホールディングス 代表取締役社長。熊本県出身。東京工業大学を卒業後、SCSデロイトテクノロジー、不動産ポータルサイトLIFULL HOMES、株式会社クリスク 代表取締役を経て現職。

INDEX

目次

「不安に思っている人は、成功しないんですよ」

専門技術を会社の風土として根付かせることが必要

企業は「自由にやっていい」というメッセージを

「不安に思っている人は、成功しないんですよ」

杉島

前回、日本でIT分野を成長させるには「技術立国」になるしかない、という話をうかがいました。ではそうした状況のなかで、企業はどのようなことを心がければよいでしょうか。

鶴保

安易に海外に外注するのではなく、もう一度初心に返って技術開発力を身につけることでしょうね。国や社会の仕組みの変わるのを待っていては、時間がかかりすぎますからね。

杉島

まずは自分たちのできることをしっかりやる、と。

鶴保

新型コロナウイルス対策の給付金申請だって、なかなかスムーズに進みませんでしたよね。アメリカの場合はソーシャル・セキュリティ・ナンバーで省庁のデータが1本でつながっているので簡単でできていましたが、日本はそうはいかない。税金は国税庁、住民の情報は自治体が管理していて、それぞれの壁が厚いんです。技術的には可能なのに、省庁の縦割りによって難しくなっていることがたくさんある

杉島

いろいろと思い当たることがありますね。SNSにも、そうした状況を嘆く声がよく見られます。

鶴保

同じ理由で、ビジネスまで前に進まないのはよくない。この現状が5年10年続くと想定して、その中で自分たちのできることを探したほうが健全です。

杉島

日本企業にはそのポテンシャルがあると思われますか?

鶴保

ポテンシャルは高いでしょう。だいたい、今は高齢化社会だから年寄りが多いじゃないですか。年寄りほど先を不安に思うわけですよ。これは間違いなんですね。私の友達なんか、みんな「将来がない」とかなんとか言っていますから。

杉島

客観的に見ると、若者のほうが将来を悲観的に捉えていそうに感じますが。

鶴保

これは私の肌感覚ですけど、HALの学生はどうもそうは思っていないようなんですよ。これは若い人の強みでもあるんです。不安に思っている人なんてね、成功しないんですよ。これは私が保証します。「なんとなく、うまくいくんじゃないか」と思っている人しか成功しない

これは企業も一緒です。ポテンシャルは高いんだから、やろうと思えば、やれる。そう信じて進まないと、成功しないでしょうね。

専門技術を会社の風土として根付かせることが必要

杉島

HALの話が出ましたので、人材育成についても伺えればと思います。鶴保先生は、NTTソフトウェアの相談役となった2003年に高知工科大学工学部の教授を兼務され、2009年にはHAL東京の校長に就任されています。日本のIT人材育成を取り巻く環境をどのように考えられていますか。

鶴保

これまでの日本の教育は、ゼネラリスト育成が中心にあったと考えています。これからはスペシャリストをきちんと育成して、企業もその専門性に見合う待遇で迎え入れるべきでしょう。HALもまさに、大学のゼネラリスト育成に対して、スペシャリストを育成しているわけです。

ただ、専門性を身につけて企業に入っても、それで終わりではありません。技術革新のスピードに追いつくためには、常に勉強を続けなくてはいけない。たとえば金融でも仮想通貨やフィンテックといったテクノロジーが関わりますから、ほかの分野でも全く同じことが言えるでしょう。年単位で専門知識の棚卸しが必要な時代になってきたと感じますね。

杉島

先ほど「企業も専門性に見合う待遇で迎え入れるべき」という言葉がありましたが、裏を返せば、そこに課題があるということでしょうか。

鶴保

そうですね。専門技術を会社の風土として根付かせることが必要だと思います。日本企業の管理職は、ゼネラリスト中心でしょう? 専門技術を持った人は、なかなか会社の中で上に行けないわけです。

「専門技術」の意識も変わるべきです。日本の自動車業界の場合、エンジンなどの技術系の人がトップに立ったことはあります。とはいえ、2000年ごろから自動車はソフトの時代になっているんですよ。それなのに、20年ほど経っても未だソフトを熟知した人がトップにはなってない。欧米ではソフト出身の社長も増えているのですが。

杉島

なぜそうしたことが起こるのでしょう。やはり経営よりも専門技術に興味があるからでしょうか……?

鶴保

それもあると思いますが、「エンジニアは工場長止まり」みたいな暗黙の了解がある企業も少なくありません。交渉やマネジメントに長けている人のほうが社長に向いているだろう、という考えはやはり根強い。

でもこれからは、技術がどうなるか、それに対してうちの製品はどうあるべきかと、専門技術に勘が働く人がビジネスの舵を取るべきではないでしょうか。そんな時代に、少しずつ変わっていくのだと思いますね。

企業は「自由にやっていい」というメッセージを

杉島

ここまで国や企業、そして教育に必要な意識についてうかがいました。では、個人が成長のためには、どんなことを心がければよいのでしょうか?

鶴保

新しいテクノロジーを学ぶことはもちろん、会社以外のコミュニティに属することを薦めたいですね。社内政治とは離れたところで、企業の垣根を越えた人脈を作るのが良いと思います。

杉島

鶴保先生が会長を務める「先端IT活用推進コンソーシアム」も、複数の企業が共同して先端ITの活用について議論されていますよね。

鶴保

あれはもともと「XMLコンソーシアム」から始まったんです。ちょうど2000年ごろですね。コンピューターで文章を処理するために、XMLを日本で普及させようと動きがあった。国が主導したわけではなく、企業を横断した取り組みとして始まったわけです。そういう意味ではひとつのコミュニティですね。

かつての日本では「A社はA社、B社はB社」と、なかなかコミュニティの考え方が根付きませんでした。オープンソースが日本でなかなか普及しなかったのも、そのためです。コンソーシアムの立ち上げに協力したのは、そうした背景を変えようという機運があったからですね。

杉島

今は、会社を越えてエンジニア同士が議論できる場もたくさんありますし、副業を認める動きも進んでいます。さまざまな場に属してビジネスの経験を積むのはキャリアにも奥行きが出そうですね。

鶴保

副業のレベルを越えて、複数の職業を持つ「複業」で活躍されている方もいますね。本職がありながら、別の分野でプロになっていたり。会社側も人事制度として認める動きがあって、それは好ましいと思いますね

杉島

会社にとっても、社外で得た知見を持ち帰ってもらうことで、新しい風を吹き込めるメリットがあるのではと思います。人材流出を懸念する担当者もいそうですが。

鶴保

人材はどうしても流出する時代ですからね。流動性の高さを社会として認めていかないといけない

だから、人事担当としても「自由にやっていいんだよ」というメッセージを発信するべきでしょうね。それも何回も繰り返し、繰り返し。人間って、「自由にやっていいよ」と言われても、なかなかやらないものですから。広報を通じて、「そういう会社なんだな」という雰囲気を社内外に発信してもらえたらと思います。

杉島

ありがとうございます。それでは最後に、これからのトレノケートに期待することについて聞かせて下さい。

鶴保

時代の流れは、トレノケートの取り組みに確実に向いていると思いますね。世の中の変化が激しいからこそ、教育の重要性が増しているわけです。教育の時代に入ってきた、と言っていいでしょう。

過去の歴史が証明するように、激しい変化に対して、社会や企業は最初どうしても抵抗します。気づいたときには手遅れになる場合も多い。そうなれば、「こういう動きがあるから、こういう教育をしたほうがいいですよ」と提言できる存在は大きな価値を生みます。教育に携わるものから見ても、トレノケートのビジネスは非常に面白いものになると感じます。

【前編はこちら】

【中編はこちら】

(企画・取材・執筆:井上マサキ 撮影=小野奈那子 編集:鬼頭佳代/ノオト)