2021.08.10

DXを成功に導き、優秀な人材を集めるために必要な「人材への投資」とは?

前編に引き続き、株式会社プラネットプラン代表取締役であり、慶應義塾大学大学院で特任教授を努める須藤実和氏に、デジタルトランスフォーメーション(DX)を成功に導くヒントを伺います。

経営者にDXの本質を感じてもらうにはどうすればいいのか。より効果的な実証実験(PoC)のあり方とは。そして、次世代に生き残るために必要な「人材への投資」とは。トレノケート取締役の杉島泰斗との対談でDXについて深めていきます。

前編はこちら

取材先のプロフィール

須藤 実和(すとう みわ)氏

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任教授

株式会社プラネットプラン 代表取締役

東京大学理学部生物化学科卒業、同大学理学系大学院修士課程修了。博報堂におけるマーケティング戦略立案経験、アーサー・アンダーセンにおける監査、買収監査(due diligence)経験を経たのち、シュローダー・ベンチャーズに参画、ベンチャー企業投資育成業務に携わる。1997年、戦略系経営コンサルティング会社ベイン・アンド・カンパニーに参画し、2001年より同社パートナーとして顧客企業のコンサルティング活動に加えて幅広い講演・執筆活動を行う。現在は、教育活動やベンチャー企業の育成支援活動に携わるとともに、国内大手企業の経営支援、人材開発支援に従事している。公認会計士。

インタビュアー

杉島 泰斗(すぎしま たいと)

トレノケートホールディングス 代表取締役社長

熊本県出身。東京工業大学を卒業後、SCSデロイトテクノロジー、不動産ポータルサイトLIFULL HOMES、株式会社クリスク 代表取締役を経て現職。

INDEX

目次

「暮らしが良くなる実感」が五感で感じられるか

人に投資しない会社は、選ばれない会社になる

「仕事が楽しくてしょうがない会社」になるために

「暮らしが良くなる実感」が五感で感じられるか

杉島

「DXを推進するにはワクワクする未来が必要」というお話を聞いて、東南アジアに行ったときのことを思い出しました。街のあちこちでDXを活用したトライアルが行われているし、人々も活気にあふれていたんです。

このエネルギーはどこから生まれてくるんだろう、と思っていたんですが、あれは「これで生活が変わりそう」「新しいものが生まれそう」というワクワクから生まれる活気なんでしょうね。

須藤

まさにそうですね。ステイホーム期間中にNetflixで海外ドラマを見ていたときも、同じ気づきがありました。ドラマの登場人物たちが当たり前のようにデジタルツールを使いこなすシーンが出ていたんですね。

ドラマがその国の日常生活の一部を切り取っているとすると、同じようにデジタルツールが生活の中に定着しているといえるわけです。こうした変化が生み出す「生活が良くなっている」という実感が、DX全体の勢いに繋がっている気がします。

須藤 実和(すとう みわ)氏 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任教授。株式会社プラネットプラン 代表取締役。現在は、教育活動やベンチャー企業の育成支援活動に携わるとともに、国内大手企業の経営支援、人材開発支援に従事している。

杉島

こうなると、やっぱり日本の遅れを感じますね。

須藤

日本の場合、局所的に便利になっているように見えますね。ITに明るい人だけが恩恵を受けたり、年齢的な分断があったり……。そうではなく、ITを取り入れた便利な生活が「普通」になること。つまり、みんなが便利になっていくのが目指すべき方向ですよね。

杉島

経営者にこのことを実感してもらうには、実際に東南アジアに行ってもらうのが手っ取り早いんですが……。コロナ禍なのですぐには難しいですね。

須藤

確かに、五感で感じられるのがベストですよね。

以前、シアトルにあるAmazonの実店舗に行ったことがあるんです。Amazonがリアルな書店をはじめたと聞いて、「そういうビジネスもあるだろう」くらいに思っていたんですが、店内に入ると、それぞれの本に星やレビューがついていたり、Amazonのベストセラーのコーナーがあったり。ネットの「Amazon」がリアルになった世界があって驚きました。

やっぱり五感で感じると、楽しくなるんですよ。経営者自身がDXを五感で感じるのが難しいなら、せめて顧客に五感で感じてもらい、その反響を経営者に実感していただきたいですね。DXの実証実験(PoC)でも、業務効率化のような内向きなものではなく、顧客が新しい体験をできるものにする。顧客のリアクションが小さな成功体験となり、PDCAを回せますから。

杉島

DXに懐疑的な経営者でも、その「小さな成功体験」を見せれば、気持ちが動きそうですね。

杉島 泰斗(すぎしま たいと) トレノケートホールディングス 代表取締役社長。熊本県出身。東京工業大学を卒業後、SCSデロイトテクノロジー、不動産ポータルサイトLIFULL HOMES、株式会社クリスク 代表取締役を経て現職。

須藤

それはあると思います。最初から大きなPoCは難しいでしょうから、顧客セグメントやテーマを絞り、ミニチュア版でもいいから形にするのがいいでしょう。具体的なアウトプットがあるだけで、議論の進み方がだいぶ変わると思います。

人に投資しない会社は、選ばれない会社になる

杉島

では誰がPoCを先導するのか……となると、前回の「伝道師」の話に戻るのかと思います。社内のDXを推進する人材である「伝道師」を、社内で育成しなければならないと。

須藤

そうですね。こうした人材をアウトソースする選択もあるのですが、「結局自社に残ったものがなかった」というケースも耳にします。社内のDXのコアを担う人材ですから、中にいる人に担ってもらうべきでしょう。

そして、これはDXに限らないのですが……。会社が次世代まで生き残るために、経営者がどれだけ覚悟を決めているかは、いかに人材に投資しているかで測れると思います。人に投資をしない会社は、これから厳しくなるのではないかと。

杉島

それはたとえば「AIに取って代われない人材」という意味でしょうか。

須藤

あるいは「AIを管理する側の人材」ですね。新たな付加価値をゼロから生み出せる人材を、いかに組織の中で育成する用意があるか。この会社は人に投資しているな、と分かれば、優秀な人材も集まってきます。人に投資しない会社は、人に選ばれない。ここに分岐点があると考えています。

杉島

人材への投資といっても、さまざまなやり方があると思います。須藤さんが思う「投資」は、どんな姿をしているのでしょうか。

須藤

大前提として、「未来を作るための投資」であることです。既存の事業モデルにしがみつくための人材投資では業績への説得力がありませんよね。

「未来を作るため」という前提のうえで、必要な投資には3つあると考えています。ひとつは、先ほどからお話ししている「DXへの取り組み」。新しいゴールを設け、そこに向かう人材や環境に投資をすることです。

ふたつめは「社員のキャリアパス」。いくらDXに取り組むとしても、即戦力で使い捨てにされるのでは、という怖さもあると思うんです。何年か経った後の自分を、会社は考えてくれているのか。キャリアパスを描くために、研修などの機会を用意してくれるのか。その不安に応える投資が「社員を大事にしているよ」というメッセージにもなります。

杉島

安心して働いてもらうために必要な投資というわけですね。

須藤

最後の3つめ「クオリティー・オブ・ライフ(QOL)の担保」も、まさに安心して働くための投資です。さまざまな働き方をしたいと考える社員に、応える仕組みが整っているか、どうか。

コロナ禍でテレワークが進みましたが、コロナがおさまったからといって元に戻すのはもったいないですよね。フレキシブルに働ける仕組みは、社員の生活を豊かにすることにつながります。そこで生まれる「ゆとり」が、豊かな発想力にもつながるでしょう。アグレッシブな投資だけでなく、ゆとりを許容する投資も必要だと思います。

「仕事が楽しくてしょうがない会社」になるために

杉島

挙げていただいた3つのうち、特に「社員のキャリアパス」と「QOLの担保」は同時に取り組むことになりそうですね。社員がそれぞれスキルアップしないと、ゆとりを持つことは難しいでしょうから。

須藤

確かにスキルアップは大切ですね。特にコロナ禍の今は、人材教育のやり方も考え直さねばなりません。これまでのように、職場で「先輩の背中を見て覚える」といっても、そもそもリモートでは……。

杉島

肩から上しか見えませんね(笑)

須藤

リモートが当たり前となれば、OJTのあり方も変わるでしょう。現在進行形で苦労されている企業も多いと思います。

杉島

オンラインの研修では集中力が途切れやすいので、トレノケートでも講師陣が試行錯誤を続けています。VRを使って研修を行ったケースもありますね。

須藤

やはり、いろいろ取り組まれているんですね。エンターテイメントとエデュケーションを合わせた「エデュテインメント」という言葉を思い出しました。

杉島

それは面白い言葉ですね!

須藤

エンターテイメントというと大げさですが……。やっぱり、仕事が楽しくてしょうがないときって、会社が伸びるんですよね。

日本の会社は、これからダイナミックに進化していきます。理想論かもしれませんが、この局面で社員が「仕事が楽しくてしょうがない」となれば、生産性も上がるし、業績も伸びるでしょう。「楽しくてしょうがない」を実現するインフラを社内外で整えることが、ひいてはDX推進につながるのかもしれません。

杉島

社内の人材には投資を怠らず、社外では顧客に新しい価値を提供すると。

須藤

そうですね。日本でDXが進まないのも、結局は「人材」に帰結するのではと思います。現場のみならず、組織に新しいことを学ぶ気持ちを忘れない空気が流れていること。人材が活性化すれば、1人1人が「伝道師」になれるはずです。そうすれば、おのずとDXの輪が社内に広がっていくのではないでしょうか。

(取材・執筆:井上マサキ 撮影:小野奈那子 編集:鬼頭佳代/ノオト)