2022.02.07

なぜトレノケートの研修は高く評価されるのか?「人材育成力」のルーツを探る(トレノケート講師 田中淳子×トレノケートHD代表・杉島泰斗 対談)

トレノケートの研修は、コンテンツ・講師ともに高い評価をいただいています。その基盤となったのが、講師を養成する講座「Train the trainer(トレイン・ザ・トレイナー)」です。

アメリカで開発された研修が元となった「Train the trainer」は、現在トレノケートでビジネススキル全般を担当する田中淳子によって、1990年代に日本に展開。クライアントだけではなく、トレノケートの講師全員が受講し、研修の質を大きく向上させています。

今回は、35年以上にわたり人材教育の現場に携わってきた田中に、トレノケートが提供する研修のクオリティを支える裏側を聞きました。聞き手はトレノケートホールディングス代表取締役の杉島泰斗です。

取材先のプロフィール

田中 淳子(たなか じゅんこ)

トレノケート株式会社 ビジネス開発部/人材育成ソリューション部

人材教育シニアコンサルタント/産業カウンセラー/国家資格キャリアコンサルタント

1986年日本DEC入社。1996年より現職。ビジネススキルが専門で、新入社員研修からリーダー層、管理職層まですべての人材開発に携わる。新規コンテンツ開発や顧客の課題解決支援など、講師だけでなく、幅広く活動中。人材開発に関連する雑誌連載も数多く手掛けている。

著書に、『速効!SEのためのコミュニケーション実践塾』『ITエンジニアとして生き残るための「対人力」の高め方』(共に日経BP社)、『はじめての後輩指導』『事例で学ぶOJT: 先輩トレーナーが実践する効果的な育て方』(共に経団連出版)など多数。

インタビュアー

杉島 泰斗(すぎしま たいと)

トレノケートホールディングス 代表取締役社長

熊本県出身。東京工業大学を卒業後、SCSデロイトテクノロジー、不動産ポータルサイトLIFULL HOMES、株式会社クリスク 代表取締役を経て現職。

INDEX

目次

海外で受講した研修に感動し、すぐに「日本へ持ち帰りたい」と交渉した

最大の学習効果を得るために、講師が身につけるテクニックとは

「○○ができたらやる」と言う人は、ずっと「できない」

海外で受講した研修に感動し、すぐに「日本へ持ち帰りたい」と交渉した

杉島

まずは改めて、「Train the trainer(以下TTT)」とはどのような研修なのか紹介していただけますか。

田中

その名の通り、講師を養成するための講座で、教育学や心理学をベースに、「人の学び」の理論、教えるための話し方やふるまい、受講者とのやりとり、学習効果を高める様々なテクニックなどを細部まで網羅したものです。日本では1991年6月にリリースしました。

 

当時在籍していた日本DEC(注※その後、DECから教育部門が独立。グローバルナレッジという社名を経て、トレノケートになった)のアメリカ本社で実施する同トレーニングを受講したのですが、その内容にとても感動してしまって。

 

アメリカ滞在中、プロダクトマネージャを探しあて、「この研修をぜひ日本に持ち帰りたい」と交渉しました。

田中 淳子(たなか じゅんこ) トレノケート株式会社 ビジネス開発部/人材育成ソリューション部。ビジネススキル全般のコースを開発、担当し、新入社員研修からリーダー層、管理職層まですべての人材開発に携わる。

杉島

すごい行動力ですね! 何がそこまで田中さんの心を動かしたんでしょう?

田中

何よりも、「誰かに何かを教えるのに、こんなにちゃんと理論や具体的なノウハウがあるのか!」と驚きました

 

まずは「成人学習」の考え方を講義形式で学ぶのです。「子どもの学び」と「成人の学び」はこういう違いがあるから、「成人相手にはこういうアプローチが必要だ」など。

 

そして、「じゃあ、試しに一人ずつやってみよう!」と言われ、その場で渡されたカードに書いてある「成人学習」のポイントを生かした即興のプレゼンを一人ずつやって、理解を深めました。理論にも驚きましたが、すぐ「はい、やってみましょう」という実践的な進め方にも感動して。

 

それ以外にも、テキストは「質疑応答」だけでまるまる1章が割かれていいます。質問のコントロールの仕方やインタラクティブに講義を進めるやり方など、それぞれ細かくTipsが用意されていました。全てが理路整然として、発見に満ちていて、毎日何百枚という鱗が目から落ちました。

こまかなTipsがまとめられた分厚いテキストの一部。もちろん英語で書かれているため、研修受講前に必死で読み込んだのはもちろん、受講当日も辞書を片手に挑んだそう。

田中

もうひとつの理由は、ポジティブなフィードバックに感動したことです。5日間のコースだったのですが、私は英語が得意なわけではないので、とても苦労したんですね。ついていくのに精一杯なのに、最後に全員15分ずつプレゼンがあり……。「下手な英語に呆れられても仕方ない」と思っていました。

 

ところが、私の発表後、プレゼン内容についてだけでなく、5日間のふるまい全体に対して、講師やクラスメートがとても肯定的にフィードバックしてくれたんです。「ジュンコは5日間ずっと辞書を引いていた」「ジュンコが熱心にノートに書いていたが、ジュンコ以外はあんなにノートに書いていない」「とてもシンプルな英語でわかりやすいプレゼンだった」と……。

 

個人がやっていることに目を向けて、「これをやっていた」「こういうところを見ていたよ」と言葉をシャワーのようにかけてくれ、必死で頑張った5日間のあらゆる緊張がすっと解けました。

 

アメリカに単身乗り込んでよかったと思えたとともに、「学びが多く、受講後さらに前向きな気持ちになれる、こういう凄い研修こそ日本に持って帰らなくては」と決意したんです。

杉島

当時の日本での学習の仕方と、大きなギャップがあったんですね。

杉島 泰斗(すぎしま たいと) トレノケートホールディングス 代表取締役社長。熊本県出身。東京工業大学を卒業後、SCSデロイトテクノロジー、不動産ポータルサイトLIFULL HOMES、株式会社クリスク 代表取締役を経て現職。

田中

そうですね。研修は、講師が教卓の前に立って、受講者が向き合う形で座って話を聞くという形式が多いじゃないですか。そうやって向き合ってしまうと、「教える人と教わる人」という対立構造ができ、自由な発言が生まれにくいんですね。

アメリカで受けた研修の教室やワークの様子。テーブルはコの字型に並べられ、受講者同士のディスカッションも盛んに行われた。

田中

アメリカでは、講師も受講者もフラットな関係で、とにかくインタラクティブに研修を進めていました。ホワイトボードの前にペンとふせんを持って集まってブレストしたり、ちょっとしたテーマでもすぐロールプレイをして試したり。

 

毎回、気づきをシェアし、互いにフィードバックして、講師は受講者をどんどん巻き込んでいく。“Involve(巻き込む)”という単語がよく使われていました。現在、日本で開講しているTTTでも研修全体がインタラクティブなものになっています。

杉島

TTTの進め方自体が、そのまま教え方の「お手本」になっているわけですか。

田中

その通りです。講師としての基本を学びながら、その進め方自体が受講者が今後講師をする際のサンプルになっているという、言わば「二重構造」になっています。受講者のアンケートでも「講師自身が、教えていたことをまさに実行していましたよね」と、高く評価いただいています。

最大の学習効果を得るために、講師が身につけるテクニックとは

杉島

トレノケートが提供しているIT関連のトレーニングは、プログラミングなど座学形式のものも多く、インタラクティブに学ぶイメージがなかなか持ちにくいと思います。TTTで学んだことは、実際の研修でどのように役立つものなのでしょうか?

田中

例えば一つの方法が「問いかけ」です。単純に「このコマンドを打った結果はこうなります」と説明するのではなく、「このコマンドを打つとどうなると思いますか?」と、受講生への問いかけを挟みます。

 

 実際に誰かを当てなくても、受講者が「ん?」と考えるきっかけを作るだけでも意味があります。最近はオンライン講義も多いので、Zoomの投票機能で「1と2、どちらだと思いますか?」と入力していただくこともありますね。

杉島

なるほど。全員の前で手を挙げることに抵抗がある方でも、Zoomの投票なら回答しやすいという面もあるのかもしれませんね。

田中

そうですね。ちなみにリアルに手を挙げてもらうのにもテクニックがあるんですよ。「手を挙げていただけますか?」と問いかけると同時に、講師も自分の手を挙げて見せる。それだけで受講者の手は挙がりやすくなる。

 

手を下ろすときも、講師は「ありがとうございました」と言いながら手を下ろして見せます。こうすることで、受講者に「このタイミングで手を下ろしてよい」という合図を送ることになります。

 

一度「手を挙げる」という小さな方法でも研修に参画すると、だんだん受講者は行動へのハードルが下がります。「手を挙げていただく」の次は「発言を促す」というふうに、少しずつ研修の場になじんでいくような仕掛けづくりも講師は行っています。

杉島

そんなに細かい仕草まで「考えがあって行われている」のですね!

田中

ほかにも、たくさんありますよ(笑)。質疑応答の場面なら、「受講者から受けた質問を、講師は必ず復唱すること」と教えます。

 

研修中、教室の前のほうに座る受講者が小声で質問して、講師がその場で答えを返すことがあります。でも、それでは他の受講者には質問自体が聞こえていない可能性がある。これはオンラインでも同じです。

 

全員にとって学びがある場と時間にするために、全員に聞こえるように「今のはこういうご質問ですね」と講師が質問を復唱するのです。これはトレノケートの講師がかなり口うるさく指導されるので、誰でも使っているテクニックです。

 

フィードバックに関しては、私がアメリカで感動したように、基本的にポジティブなものを返します。「ここがダメ」ではなく、「ここがよかった」。改善点があったとしても、「もう少しこうするともっと良い」「自分ならこうする」という言い方にする。そのほうが、学習意欲が高まりますから。

 

TTTのテキストにはこうしたことが山ほど書いてあって、実際に身体を動かして体験するワークが数多くあります。基本的に「体験して学ぶ」スタイルです。

杉島

先ほどから聞いていると、すべてにロジックがありますよね。「なぜそれをやるか」が明確に説明されているから、腑に落ちるし、刺さりやすい。「背中を見て覚えろ」という時代とは、全く異なるなと感じます。

田中

そうですね。「私がそうやってきたから」という言葉では、人は学べません。伝えるべき内容をきちんと言語化するにはスキルが必要で、TTTではその訓練も行います。

 

 「ホール・パート・ホール」(Whole-Part-Whole)という、トレノケート社員ならおそらく誰でも知っているキーワードがあります。最初に全体像を話して、詳細を解説、最後にもう一度全体を要約する、といった説明方法です。

 

これも1〜2分の短いプレゼンの実践を通して、練習しました。今、社員同士でも「それ、ホール・パート・ホールになっていないからわかりづらい」などよく出てきます。

 

 ほかにも、「たとえ話の出し方」という章もあるんですよ。昔はよく、なんでも野球にたとえる上司っていませんでしたか? ただ残念ながら、ルールや選手、監督にたとえられても、野球を知らない人には全く伝わらないんですね(笑)。

杉島

わかります(笑)。

田中

TTTでは「たとえ話は自分の世界観で語るものではなく、相手の世界観に落とし込むもの」と教えています。相手が営業職なら営業の仕事にたとえたらいいし、料理が好きなら料理でたとえれば分かりやすいわけです。

杉島

その通りですね……。こうなると、講師という枠を越えて、もはやマネジメントやチームコミュニケーションの領域でもありますね。これは講師だけじゃなくて、社員全員受講したほうがいいかもしれない……。

田中

TTTは講師を養成する講座ですが、「教える」「指導する」という機会は誰にでもありますからね。経営陣の皆さまもぜひご検討ください(笑)。

「○○ができたらやる」と言う人は、ずっと「できない」

杉島

トレノケートの講師の質をどうやって担保しているのかについても聞かせてください。講師としてデビューするまで、どのような過程を経るのでしょうか。

田中

まずTTTを4日間受講し、それから担当予定のコースをお客様と一緒に受講します。周辺知識も必要なら、関連コースもいくつか受講します。それから、「トレーナーガイド」という講師マニュアルに基づいて、1人で講義を進行する練習をします。

 

誰もいない教室で、あるいは、オンライン会議ツールを一人で立ち上げて、おはようございます。トレノケートの○○と申します」と挨拶するところから始めるんです。

杉島

社内で見かけたことがある光景ですね。練習に対するフィードバックはどうやっているんですか?

田中

「小レビュー」と呼ばれる先輩に見てもらう場があり、同じチームの先輩が立ち会ってフィードバックをして仕上げていきます。「今日は1章だけ」みたいに範囲を区切って、ほぼ毎日行っていますね。

 

これを1~2カ月経験したところで「大レビュー」です。全社に声をかけ、さまざまな部署の方や先輩に参加してもらって実際に研修を行います。2020年の春以降はオンラインですが、以前は教室に30人くらい集まっていましたね。

 

講義やワークを一通りやって、最後は質疑応答です。簡単な質問では訓練にならないので、わざと難しいマニアックな質問や要領を得ない質問を投げかける先輩もいます笑)。最後に全員からフィードバックをもらい、合否判定ですね。デビューが決まってみんなに拍手されると、感極まって泣いてしまう人もいますよ。

杉島

コロナ以前は、海外のカンファレンスに出席したり、トレーニングを受けたりする機会もありました。田中さんとしては、かつての自分のように若手も海外で学んでほしいと思いますか?

田中

全力で「YES!」です。私にとってアメリカで受けた衝撃は今の原体験ですし、20〜30代の若手を行かせてあげたらと思います。たとえ本人が「英語ができないから嫌だ」と言っても。

杉島

田中さんだって、英語が得意でなくてもこうやって道を切り開いてきたわけですからね。

田中

私の場合は英語の勉強が間に合わないまま、アメリカに着いてしまったんですけどね(笑)。何日もかけて分厚いテキストを自分で翻訳して、それでも間に合わなくて。受講当日は辞書を引きながら必死にノートを取って……。毎日自転車操業でしたけど、それでも今があります。

 

「英語ができるようになったら海外に行く」という人は、たぶんずっと行かないんです先に「行く」と決めてしまえば、必死に勉強するはず。崖っぷちに立ったら、なんとかなるんですから。コロナが明けたら、ぜひ挑戦してほしいですね。

後編を読む

(取材・執筆:井上マサキ 編集:鬼頭佳代/ノオト)