2022.02.08
OJT、キャリア自律……社内の人材育成を前進させる「人を育てる組織」を作るには? (トレノケート講師・田中淳子×トレノケートHD代表・杉島泰斗 対談)

多くの会社にとって喫緊の課題である「人材育成」。外部に研修を依頼するだけでなく、部署内での新人育成や、キャリアを見据えた体制づくりなど、社内でも考えるべき要素は多岐に渡ります。
優秀な社内人材を育てるための「講師」となる人材や人が育つ「環境」を整えるには、何が必要なのでしょうか。前編に引き続き、トレノケートの講師であり、国家資格キャリアコンサルタントの資格を持つ田中淳子に話を聞きました。聞き手はトレノケートホールディングス代表取締役の杉島泰斗です。
※本記事は、取材時(2022年)の情報を基に執筆しています。
取材先のプロフィール

田中 淳子(たなか じゅんこ)
トレノケート株式会社 ビジネス開発部/人材育成ソリューション部
人材教育シニアコンサルタント/産業カウンセラー/国家資格キャリアコンサルタント
1986年日本DEC入社。1996年より現職。ビジネススキルが専門で、新入社員研修からリーダー層、管理職層まですべての人材開発に携わる。新規コンテンツ開発や顧客の課題解決支援など、講師だけでなく、幅広く活動中。人材開発に関連する雑誌連載も数多く手掛けている。
著書に、『速効!SEのためのコミュニケーション実践塾』『ITエンジニアとして生き残るための「対人力」の高め方』(共に日経BP社)、『はじめての後輩指導』『事例で学ぶOJT: 先輩トレーナーが実践する効果的な育て方』(共に経団連出版)など多数。
インタビュアー

杉島 泰斗(すぎしま たいと)
トレノケートホールディングス 代表取締役社長
熊本県出身。東京工業大学を卒業後、SCSデロイトテクノロジー、不動産ポータルサイトLIFULL HOMES、株式会社クリスク 代表取締役を経て現職。
INDEX
目次
講師は「人が好きなこと」「人に関心があること」が大前提
OJTは「受ける側」も事前に学んでほしいことがある
キャリア自律を受け入れる「未来」はあるか
講師は「人が好きなこと」「人に関心があること」が大前提
杉島
クライアントの皆さまにご挨拶にうかがうと、よく「社内メンバーを教育できる社員はどうやって育てたらいいんですか?」と聞かれるんです。部下や後輩を育成できる上司や先輩はもちろん、できれば社内講師も育てたい、と。やはりどの企業も人材育成に課題を感じているのだと思います。
そこで、まず田中さんにお聞きしたいのが「講師の適性」です。トレノケートは、かなり厳しい基準で講師の採用を行っていますが、田中さんご自身は何を持って「この人は講師に向いている」と思われますか?
田中
そうですね、まずは人が好きであること、他人に関心があることが大前提ではないでしょうか。人が成長するところに伴走する、そこに興味がある方であってほしいですね。
他人に関心があるの延長線上になりますが、人をよく観察できることも講師に必須のスキルです。「○ページをご覧ください」と言ったあと、受講者の1人がテキストをパラパラとめくり続けていたら、どこを開いていいのか見失っている可能性が高いですよね。
集合研修でもオンライン研修でも、そんなふうに困っている方や戸惑っている方に気づいて声をかけられるかどうかが、とても大事です。ちょっとしたことで学習意欲が減退することもありますから。
杉島
確かにそうですね。講師自身のインプットについてはどうでしょう。特にIT関連は技術が日進月歩で進化しているので、常にアップデートが求められるのではと思います。

杉島 泰斗(すぎしま たいと) トレノケートホールディングス 代表取締役社長。
熊本県出身。東京工業大学を卒業後、SCSデロイトテクノロジー、不動産ポータルサイトLIFULL HOMES、
株式会社クリスク 代表取締役を経て現職。
田中
IT関連に限らず、私が専門にしているビジネススキル領域でも同じで、まさに、講師は勉強が好きでないと務まらない仕事ですね。私が新人のときは「このテキストを教えるなら10倍の量を勉強しなさい」と言われたものです。
テキストに書いてあることを説明できるのは当たり前。その10倍の広さや深さまで、知識なりスキルなりを身につけていないと、質問に答えられませんし、底の浅さはすぐに見抜かれてしまいます。
常にいろんなことに疑問を持ち、自分から探求できる人でないと、テキストに書いてある以上のことは伝えられないんです。
杉島
これはまさに田中さんも実践されていますよね。田中さんのセミナーを拝聴すると、現在の技術トレンドや海外のトレーニングに関する情報なども隈なく網羅して話されていて、常にアンテナを張っているのだなと感じます。
田中
ありがとうございます。私の場合、新刊本は常にチェックしていますし、SNSで人材開発系の方をフォローして、「こういう論文を読んだ」「こういう本が出た」という情報も追っているんです。ほかにも、気になる研究者のブログのチェックや、トレンドになっているキーワードの元となった論文や書籍にもあたるようにしています。
あとは、多様なデータが載った白書も見ていますね。厚労省や経産省などから、さまざまな白書やレポートが出てくるので、その内容をメルマガや社内SNSなどで社内に共有をするようにしています。
杉島
私もメルマガで勉強させてもらっています。質の高い講義のためには、やはり確かな裏付けやこまめな情報収集が欠かせないんですね。
OJTは「受ける側」も事前に学んでほしいことがある
杉島
社内の人材育成にOJTを取り入れている企業も多いかと思います。田中さんはOJTに関する書籍も出されていますが、OJTを効果的に進めるポイントについてうかがえますか。

2021年7月に上梓した『事例で学ぶOJT-先輩トレーナーが実践する効果的な教え方』(経団連出版)。
約20年のOJT支援を通じて集めた現場の多様な事例を幅広く取り上げ、OJTトレーナーなどへのアドバイスをまとめた。
田中
OJT(On the Job Training)という言葉自体はかなり昔からあります。ただし以前は、新入社員研修が終わって配属したら、その配属先に育成はお任せすることが多かったんですね。現場で上司や先輩を見て、仕事のやり方を学ぶように、と。
トレーニングといっても、それは「O(俺の背中を見て)、J(自分で)、T(立ち上がれ)」だったわけです。
杉島
上手いですね(笑)。そうしたやり方も、近年変化してきたと感じます。
田中
そうですね。仕事がどんどん高度化して、スピードも求められるようになり、新人が先輩の背中を見て学ぶという方法は無理になりました。そこで、2000年ぐらいから「OJTトレーナー」という役割で先輩をアサインし、新人をマンツーマンで育てる形態が増えてきたわけです。
この方法は実際にやってみると、新人だけでなく、OJTトレーナーである先輩社員自身も成長することがわかりました。周りを巻き込む力が向上し、ストレス耐性がつき、上司とのコミュニケーションも上手くなるという。
杉島
わかります。人を育てることは、マネジメントスキルのトレーニングにもなるんですよね。
田中
一人前になった新人は、数年後にはOJTトレーナーになって、育てられた恩を次の世代に返します。すると次の世代もまた育って……と、良い連鎖が起こる。旧来の、よく言えば「現場お任せ」、下手すると「放置する」タイプのOJTではなく、成長意欲をしっかりと育めるOJTを行えば、組織自体が人を育てる組織に変わっていきます。
もちろん成長意欲を刺激するにはさまざまな方法があり、トレノケートでも「OJTトレーナー向けの研修」を20年近く実施しています。さらに、最近、新入社員側にも「OJTの受け方」を教える必要があるなと考えていまして。
杉島
面白いですね。「OJTの受け方研修」というわけですか。
田中
はい。現在の形のOJTが定着するにつれ、新入社員側が「先輩からOJTという“サービス”を受ける」という感覚になってしまうケースが出てきたんです。しかし、あくまでも成長する主体は新入社員。受け身の姿勢から脱却し、自分で学び成長する人にならなければなりません。
そこで、「学ぶとはどういうことか、成長するためには何をすればよいか」を理解するような研修を提供しているのです。
例えば、OJTトレーナー研修では「経験学習サイクル」というものを教えます。これは、経験をし、その行動を振り返り、教訓を見出して、次につなげるという考え方です。
新入社員自身がこのサイクルの存在を知らないと「なんでやったことをいちいち振り返らされるのか」と不満や疑問に思ってしまうんですね。新入社員も経験学習サイクルのメカニズムを知っていれば、事前の心構えができます。
他にも、フィードバックの受け方や、メンタルヘルスなども学べば、指導の受け止め方も変わるでしょう。既にいくつかの企業で「OJTの受け方研修」は採用されているので、多くの企業にご採用いただきたいプログラムの一つです。
杉島
ちょっと気になるのは、コロナ禍での環境変化です。在宅勤務が増えたこともあり、OJTでも「先輩が新人の様子を見てフォローする」といったことが難しくなりましたよね。
田中
難しいですよね。特に新入社員は、オフィスで働いた経験がないまま在宅勤務になった方も多いので、孤独を感じているケースもあるだろうと想像しています。
リモートワーク環境では、やはり遠慮せずに自分からガンガン行く人が強いですね。会議で積極的に発言したり、チャットで活発に議論をしたりすれば、名前を覚えてもらえて話しかけられやすくなる。むしろ目立つことが、サバイバル戦略になるといえます。
杉島
そうなると、先輩や上司にはそのサバイバル戦略を受け止める力が求められますね。「でしゃばり」「生意気」という評価をしないとか、「1 on 1の時間がほしい」と頼まれたらちゃんと確保してあげるとか。
田中
そうですね。上司は上司で、リモートになってから「忙しさを理由に部下を放置する」か、「部下を監視して細かく報告させる」かの二極化が起きているとも聞きます。上司側も、リモート環境に合わせたマネジメントの再学習が必要だと思いますね。
キャリア自律を受け入れる「未来」はあるか
杉島
いろんな方とお話させていただくと、「明るい未来を描けない人が多い」という声をよく聞くんです。DXをはじめ、世の中がどんどん変化していく流れにあっても、「今の業務のままで別にいい」という方が多いと。
こうした考えを見つめ直すきっかけとして、「キャリア自律」がやはり重要になるのではと考えています。自分の強みはどこにあり、どんな価値を提供できるのかを改めて考えることで、「自分にはこういう可能性があるかもしれない」と気づく。これも一つの人材育成ではないでしょうか。
田中
そうですね。2016年、キャリアコンサルタントが国家資格になりました。これは国が「キャリア開発の支援をする専門家」を認定する、ということです。それだけ、キャリア開発が誰にとっても重要な課題になっているのですね。
トレノケートもキャリア研修を長年提供していますが、社内にも国家資格者が増えてきたこともあり、今後さらに多様なキャリア研修を充実させたいと考えています。キャリアについて学びはじめる20代や、キャリアが停滞しがちな30代、折り返し地点にいる40代など、年代ごとの課題に寄り添ったコースを作っていきたいと思い、準備を始めています。
ただ、こうしたキャリア自律をきちんと機能させるには、会社自体が「明るい未来」を提示することも大事なのではと思います。やっぱり、ワクワクしながら働きたいじゃないですか。
杉島
この連載で慶應義塾大学大学院の須藤実和さんにDXのお話を聞いたときも、「未来へのワクワク」がDXを前に進める、という話になりましたね。トップがきちんと未来を提示することが大事だと。
田中
本当に大切ですね。企業にキャリア研修実施の提案をすると、「社員が目覚めちゃって転職でもされたら困る」と言われることがあるんです。その時は、「社員が寝ていてよいのでしょうか? 起こしましょう! 目覚めたとしてもそういう人たちが活躍する場を提供し、楽しく自律的に働ける人達を増やすことが重要ではないでしょうか?」とお話します。すると、「確かにそれはそうですね」と納得されますよ。
杉島
逆に、キャリア研修をプラスに働かせている企業の事例はありますか?
田中
先ほどの例と逆で、「目覚めて転職する社員を全力で応援する」という企業の方とお話したことがあります。外に出てもっと活躍したい、など前向きな転職なら、頑張れ!と送り出すそうなんです。
これには理由があって、転職した人たちが外で大活躍したら「その企業の出身であること」自体がブランドになるからだと。辞められるのは悲しいけど、外で活躍してくれたらそれが会社のブランディングになる。もちろん自社で活躍してもらいたいけど、さらにステップアップを目指しての転職であれば、外で活躍するぐらいの人材を育成したいと仰っていました。
杉島
素晴らしい考え方ですね。
田中
社員が自分のキャリアの方向性を自分で考えて、自分で決められる自由度がある。それこそがキャリアの「自律」であって、その根底には「組織が社員を信じること」があるのだな、と思いますね。
杉島
先ほど、リモートワークになってから部下に過剰に干渉する上司の話がありましたが、これも社員を信じていないから起きることですよね。
田中
まさにそうですね。信じてもらえなかったり、自分に決定権がなかったりすると、人はモチベーションを失ってしまいます。みんなが、お互いを信じ合うことがモチベーションの源泉であり、組織が「明るい未来」を示す原動力となるのではないでしょうか。
(取材・執筆:井上マサキ 編集:鬼頭佳代/ノオト)